2010年7月30日金曜日
里帰り
7/24~26まで金沢に。主目的は遺作の絵を数点、実家にお返しすること。パステルの20号の大作(新宿御苑のスイセン)と水彩画(八王子小宮公園の雑木林)。他にも水彩は持っていったのだがマットとサイズが合わず今回は持ち帰ることにした。マット合わせをお願いするには忍びなかったので・・・
2010年7月14日水曜日
新盆
今日は7月14日。新盆にあたる。
Fさん、Kご夫妻、そしていつも親身に心配してくれるTさんがお参りに来てくれた。ありがたいことです。
Fさんとはお墓参りの後、思い出の鶯啼庵でサービスランチを頂き歓談した。墓地では思い出したように強い雨が降ったかと思うと日が射すという変わりやすい天気でビックリ。
K夫妻・・・特に奥様とは何十年ぶりかの再会だった。変わりない姿にビックリ。四方山話に花が咲いた。話題は家内とのこと、そして息子達のこと、友人達のこと。特にS氏の次女が去年30代の若さでなくなったという情報には驚いた。やはり病気は癌であったとのこと。難しい病気だ、と改めて思い知らされた。
Tさんは一緒に習ったオカリナを仏前で吹いてくれた。「千と千尋の物語」・・よく練習していた曲だった。色んな話で今日の天気のように急に涙腺が緩んでしまい、困ったが仕方が無い。年取った証でもあるし、そう簡単に思い出話としてすぅーと流せるものでもない。今日の天気のように感情が時々波立つ。
Fさん、Kご夫妻、そしていつも親身に心配してくれるTさんがお参りに来てくれた。ありがたいことです。
Fさんとはお墓参りの後、思い出の鶯啼庵でサービスランチを頂き歓談した。墓地では思い出したように強い雨が降ったかと思うと日が射すという変わりやすい天気でビックリ。
K夫妻・・・特に奥様とは何十年ぶりかの再会だった。変わりない姿にビックリ。四方山話に花が咲いた。話題は家内とのこと、そして息子達のこと、友人達のこと。特にS氏の次女が去年30代の若さでなくなったという情報には驚いた。やはり病気は癌であったとのこと。難しい病気だ、と改めて思い知らされた。
Tさんは一緒に習ったオカリナを仏前で吹いてくれた。「千と千尋の物語」・・よく練習していた曲だった。色んな話で今日の天気のように急に涙腺が緩んでしまい、困ったが仕方が無い。年取った証でもあるし、そう簡単に思い出話としてすぅーと流せるものでもない。今日の天気のように感情が時々波立つ。
2010年6月25日金曜日
真覚寺にアジサイをスケッチ
裕子と絵で縁の人達にとって真覚寺は、特にこのアジサイの時期は忘れがたい思い出の場所だ。今の藤野先生との出会いの場所でもある。
今日は、北川さんご夫妻、高橋さんとスケッチに来た。赤みの濃いアジサイが沢山咲いていた。4月きた時はこんなに咲くとは想像できなかったが。1年おきに沢山咲くそうだ。
自分は緑が美しい築山を描いた。
今日は、北川さんご夫妻、高橋さんとスケッチに来た。赤みの濃いアジサイが沢山咲いていた。4月きた時はこんなに咲くとは想像できなかったが。1年おきに沢山咲くそうだ。
自分は緑が美しい築山を描いた。
2010年6月23日水曜日
2010年6月18日金曜日
姉、濱田多津子
姉(多津子)6/15死去。6/17通夜、そして今日葬儀。家族中心のささやかな形。これからはこんな形かな?3年3ヶ月の闘病は良く頑張ったと言わざるを得ない。順番といえば順番ともいえる。
6月にはこのところ毎年のように不幸が訪れている。
母(りつ):6/?
義兄(浜田康):6/18
裕子:6/6
兄(明):7/14?
6月にはこのところ毎年のように不幸が訪れている。
母(りつ):6/?
義兄(浜田康):6/18
裕子:6/6
兄(明):7/14?
2010年6月11日金曜日
2010年6月6日日曜日
命日
今日が祥命日。一周忌を昨日執り行った。12名でささやかに。
早いようでもあるがまだ、との感もある。色んな思い出がまだ去年の今頃は・・・という形でいつも繰り返し思い起こされる。去年の今頃はまだ、会話をしていたのに・・・それがどうして今は出来ない状態になってしまったのだろう?その間に大きなブラックアウトがあったのだ。思い出すのだが映画の1シーンのように、何事もなかったかのように時は流れる。そして今に至る。そんなブラックアウトなんてあったとはどの子にも痕跡さえ見せずに今が流れている。
そうした「去年の今頃は・・・」が明日から「おととしの今頃は・・・」に代わってしまうのだ。効してどんどん過去に遠のいていくのだろうか?思い出を遠のかせたくない、という思いが強い。どうすれば良いのかな?
墓地に納骨をした。お墓に入れるのが可哀そうだった。何より自分が淋しくなるなぁ・・・という思いが募る。最後の晩は一緒に過ごした。それは自分にだけ許される特権だ。一人住いの自由さから何のテレも外聞もなしに実行できてよかった。
早いようでもあるがまだ、との感もある。色んな思い出がまだ去年の今頃は・・・という形でいつも繰り返し思い起こされる。去年の今頃はまだ、会話をしていたのに・・・それがどうして今は出来ない状態になってしまったのだろう?その間に大きなブラックアウトがあったのだ。思い出すのだが映画の1シーンのように、何事もなかったかのように時は流れる。そして今に至る。そんなブラックアウトなんてあったとはどの子にも痕跡さえ見せずに今が流れている。
そうした「去年の今頃は・・・」が明日から「おととしの今頃は・・・」に代わってしまうのだ。効してどんどん過去に遠のいていくのだろうか?思い出を遠のかせたくない、という思いが強い。どうすれば良いのかな?
墓地に納骨をした。お墓に入れるのが可哀そうだった。何より自分が淋しくなるなぁ・・・という思いが募る。最後の晩は一緒に過ごした。それは自分にだけ許される特権だ。一人住いの自由さから何のテレも外聞もなしに実行できてよかった
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