4月2日朝、甥から電話。滅多なことで連絡をくれることはないので、咄嗟に内容を察知した。
2月頃から原因不明の発熱が間欠的に起きるようになった。4/1朝に医者から呼び出しを受け、1週間程度以内かもしれないとの宣告だったのだが、その夜急変したとのこと。3日通夜、4日葬儀だった。場所は神戸。生まれ育った金沢から10年前に1人では生活が難しくなって80歳過ぎから息子の家に引き取られたが、友人もなく急速にアルツハイマーが進み、後はグループホーム~養護老人ホーム~最後は食事がのどを通らなくなって病院で1年だった。ご苦労様。大正13年3月13日生まれ、ちょうど満90歳を迎えての旅立ちだった。時あたかも桜満開の時期と重なり、正に
「願わくば 花の元にて春死なむ その如月の望月のころ」の歌を思い起こさせるものだった。家族葬というものも落ち着いてよいものだ。年相応でもあるし・・・。