2009年7月27日月曜日
2009年7月24日金曜日
49日忌
今日は49日忌。仏壇の前に座ってコーヒーを一緒に飲む。あの療養の日々がまざまざと甦る。ヒリヒリとした痛みが胸を走る。まだやってあげれた事が多かったなぁ、と悔しくなる。きりがないだろうけど。昨日も椿山荘であの日何故、1泊しなかったのか、何故記念写真の1枚も残そうとしなかったのか、些細な事に胸が痛む。こういう感覚は最近になって強くなってきた。いろいろ気がかりな決め事が終わりかけてだんだん平常心に戻ってきて、余裕が出てきたということかもしれない。これからつらい日々が始まるのかもしれない。過去を過去として受け止めるようになる必要があるのだろう。今はまだ無理。
2009年7月23日木曜日
しっかりと思い出話
かねて約束していた通りFさん来訪。
あっけなく去っていった彼女への想い断ち難く、お参りに見えた。共通の彼女をネタに5時間近くも四方山の話しが続けられた。4/2の椿山荘で一緒に写真をどうして撮らなかったのか返す返すも残念な事だった。その時がFさんとの最後だったのだ。自分は多分その事を判っていながら、写真を撮ろうと思わなかったのが何故なのか、今となっては思い出せない。多分これで最後だと思いたくなかったのだろうか!
お嬢さんのこと、マラソンのこと、山のこと・・・いろいろ話ができてよかった。何よりも心を許して涙する事ができた事が収穫だったと思う。Fさんも今日を機会に彼女への想い出から吹っ切れる1つの切っ掛けを心の中でしてくれたのではないかと期待したい。他のTさんやSさんにも同じように吹っ切れるところができていてくれればと願う。
あっけなく去っていった彼女への想い断ち難く、お参りに見えた。共通の彼女をネタに5時間近くも四方山の話しが続けられた。4/2の椿山荘で一緒に写真をどうして撮らなかったのか返す返すも残念な事だった。その時がFさんとの最後だったのだ。自分は多分その事を判っていながら、写真を撮ろうと思わなかったのが何故なのか、今となっては思い出せない。多分これで最後だと思いたくなかったのだろうか!
お嬢さんのこと、マラソンのこと、山のこと・・・いろいろ話ができてよかった。何よりも心を許して涙する事ができた事が収穫だったと思う。Fさんも今日を機会に彼女への想い出から吹っ切れる1つの切っ掛けを心の中でしてくれたのではないかと期待したい。他のTさんやSさんにも同じように吹っ切れるところができていてくれればと願う。
2009年7月17日金曜日
輝水会から
焼香とお見舞いに来宅。
木曜教室に所属していてそのメンバーと先生が訪ねてくれた。今日は長池でのスケッチだったとか。
今日は先日出来上がった色紙をネタにまたひとしきり、彼女の絵へのこだわり、執念を偲び語り合うことができた。
そして、遂に入会させていただく旨、正式にお願いした。いつから参加できそうだろうか?自分でもはっきりした決意を伝えるまでにはならなかった。内心では最低限、池田山のスケッチを再度描き直してみてもらえるようになってからにしたいと言う思いが強い。
兼六園のスナップ写真が「光と影」をよく表現されていると高い評価。画材になりそうということでもう1枚仕上げたからになるのだろうか?18時近くまで話に花が咲く。
木曜教室に所属していてそのメンバーと先生が訪ねてくれた。今日は長池でのスケッチだったとか。
今日は先日出来上がった色紙をネタにまたひとしきり、彼女の絵へのこだわり、執念を偲び語り合うことができた。
そして、遂に入会させていただく旨、正式にお願いした。いつから参加できそうだろうか?自分でもはっきりした決意を伝えるまでにはならなかった。内心では最低限、池田山のスケッチを再度描き直してみてもらえるようになってからにしたいと言う思いが強い。
兼六園のスナップ写真が「光と影」をよく表現されていると高い評価。画材になりそうということでもう1枚仕上げたからになるのだろうか?18時近くまで話に花が咲く。
2009年7月14日火曜日
偲ぶ会
近所で親しくお付き合いいただいていたYさんの主催でお茶を点てて頂き、縁のMさん、Kさんと一緒に偲ぶ会を開いていただいた。
・趣向
掛け軸に彼女が残した最後の句を色紙にしたもの
その時に描いたスケッチ(部屋からベランダ越しに見た海)
遺影
・使った抹茶はその名も「おもかげ」、お菓子はゆかりの金沢の銘菓、森八の「黒蜜とくず」
遺作の句は
句を巡る彼女の状況をお話し、その覚悟の潔さ、気持ちの強さを改めて痛感させられた。
本当に強かったと思う。死への恐怖心(も恐らくあったと思うのだが・・)を微塵も感じさせず、その一刻一刻を最高に楽しむ、或いは楽しめるように持っていった心情を考えると涙が出てくる。今頃になって・・・。その時には自分も一緒になって「最高の時を過ごそう」という思いで一杯だったように思う。
Kさんに頼んで色紙に書いてもらったのは本当に厚かましいお願いではあったが、それによってご近所とのお付き合いも深まったのではないかと自己弁護してお許しを頂こう。Kさん、有難うございました。いつまでも大切にさせていただきます。
・趣向
掛け軸に彼女が残した最後の句を色紙にしたもの
その時に描いたスケッチ(部屋からベランダ越しに見た海)
遺影
・使った抹茶はその名も「おもかげ」、お菓子はゆかりの金沢の銘菓、森八の「黒蜜とくず」
遺作の句は
白紙(しらかみ)に みどり うみ 空 風の色 あふれる心 映しても なを
句を巡る彼女の状況をお話し、その覚悟の潔さ、気持ちの強さを改めて痛感させられた。
本当に強かったと思う。死への恐怖心(も恐らくあったと思うのだが・・)を微塵も感じさせず、その一刻一刻を最高に楽しむ、或いは楽しめるように持っていった心情を考えると涙が出てくる。今頃になって・・・。その時には自分も一緒になって「最高の時を過ごそう」という思いで一杯だったように思う。
Kさんに頼んで色紙に書いてもらったのは本当に厚かましいお願いではあったが、それによってご近所とのお付き合いも深まったのではないかと自己弁護してお許しを頂こう。Kさん、有難うございました。いつまでも大切にさせていただきます。
2009年7月13日月曜日
7/13
・午前、Hさんのグループ絵画展「讃果展」を見に行く。小林先生が見えたので早速、ご挨拶。「Kさんが生徒だったのは随分昔だったね」との感想。
・森さん、高橋さん、長谷川さん、犬井さん、もう一人、皆仲間の方々。良い日、良い時間に行けて良かった。
・7/16、輝水会の仲間が来てくれるという。田中さんのご主人、倒れるとの情報あり。
・夜、徳武さんからお見舞いの花が届く。胡蝶蘭。直ぐに電話でお礼。
・森さん、高橋さん、長谷川さん、犬井さん、もう一人、皆仲間の方々。良い日、良い時間に行けて良かった。
・7/16、輝水会の仲間が来てくれるという。田中さんのご主人、倒れるとの情報あり。
・夜、徳武さんからお見舞いの花が届く。胡蝶蘭。直ぐに電話でお礼。
2009年7月9日木曜日
音信があると嬉しい
1昨日、2件
1)Fさんから、メールが届く。お参りに来たいとの申し出。49日法要を終えてからといってあったので連絡。7/23の午後に決まった。
2)大学の同級生Yさんから、そろそろ活動は?「沈黙はボケの始まり」との脅し。
昨日は、「追悼茶会」のお誘い。7/14午後3時に決定。Kさんにお願いしてあった色紙ができたのでそれを掛けて想い出話という趣向。また、涙が出そう。丹田に力を入れていないと直ぐ涙がこみ上げてきてしまう。歳のせいだろうか?
今日は、水彩画の仲間のTさんからTEL。先生を交えて食事でも、とのお誘い。日程はこれから。水彩画の会に入会したいのでそろそろ練習を再開したいのだが、会社をクローズするための経理処理も途中になっていて、これを済ませないと気分が落ち着かない。
午後、経理資料をチェックすると次々と疑問が出てくる。これをつぶしていくのに何日か掛かりそう。
1)Fさんから、メールが届く。お参りに来たいとの申し出。49日法要を終えてからといってあったので連絡。7/23の午後に決まった。
2)大学の同級生Yさんから、そろそろ活動は?「沈黙はボケの始まり」との脅し。
昨日は、「追悼茶会」のお誘い。7/14午後3時に決定。Kさんにお願いしてあった色紙ができたのでそれを掛けて想い出話という趣向。また、涙が出そう。丹田に力を入れていないと直ぐ涙がこみ上げてきてしまう。歳のせいだろうか?
今日は、水彩画の仲間のTさんからTEL。先生を交えて食事でも、とのお誘い。日程はこれから。水彩画の会に入会したいのでそろそろ練習を再開したいのだが、会社をクローズするための経理処理も途中になっていて、これを済ませないと気分が落ち着かない。
午後、経理資料をチェックすると次々と疑問が出てくる。これをつぶしていくのに何日か掛かりそう。
2009年7月6日月曜日
月命日
妻が亡くなって丁度1ヶ月が過ぎた。色々なことを処理しながら一昨日には49日法要を前倒しで終えて、何となく一段落したような気持ちになってきた。時間というのが最良の薬だということであろうか。多くの決まりごとの大枠を決めてくれていたのである面では悩むことは少なかったのかもしれないが、逆に決めてあったのにちゃんとその通りできないといけないし、自分としても「後のことはきちんとやってあげるから心配するな・・・」と言い続けてきただけにそれをやり遂げるまでは気が抜けないというプレッシャーはいつもあった。今もある。これからお返しなどを決めないといけない。保険関係もこれからだ。
さっき、これまでメンテをしてきたホームページの今年度の保守について相談したいと電話があった。心の中に社会復帰の手掛かりを得たような嬉しさがこみ上げてきた。早速、仏前に報告。
今日からこのブログを引き継いで行きたいと思っている。これまでの分も妻が残したメモを書き写してきたのだった。まだ、遡って記録に留めておきたいこともあるが、取り敢えず今日をリアルタイムのブログとして再出発させていきたいと思う。
さっき、これまでメンテをしてきたホームページの今年度の保守について相談したいと電話があった。心の中に社会復帰の手掛かりを得たような嬉しさがこみ上げてきた。早速、仏前に報告。
今日からこのブログを引き継いで行きたいと思っている。これまでの分も妻が残したメモを書き写してきたのだった。まだ、遡って記録に留めておきたいこともあるが、取り敢えず今日をリアルタイムのブログとして再出発させていきたいと思う。
2009年7月4日土曜日
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