2013年4月3日水曜日

2時間散歩

3/30::自宅ー西武北野台5丁目ー1丁目ー白山神社ー境内階段で一周ー北野台2丁目ーパン屋さんー自宅
3/31:ヤマヤから絹ヶ丘ーお寺ー野猿峠(焼き鳥)ー峠の小さな美術館ー長沼公園ーヤマヤ
4/2:バイパス沿いに北野駅ー図書館ーマックでコーヒー休憩ー片倉城跡公園ー自宅
4/3:自宅ーバイパス沿いに登り、絹の道ー陸橋を渡って工科大裏通りー御殿峠ー16号ー片倉高校ー自宅

2013年3月27日水曜日

お彼岸

3月20日、子供たちが見舞いと墓参りを兼ねてやってきてくれた。
墓地はサクラには一寸早く、風も強かったが、広々した景観は好きな景色だ。来てくれた誰もが、代所に見付けたね、と言ってくれる。何しろここに決める前に近在の墓地を9か所も見て回りました。いろんなところがありましたし、都の公営墓地公園にも抽選で当たったのですが、そこを辞退してまでここに拘って決めたところでした。

2013年3月19日火曜日

3/11~16:肺ガン胸腔鏡手術

3/11:入院
3/12:8時30分手術室へ。12時過ぎにICU室へ。
3/13:朝食後尿管を外し、病室へ戻る。熱37.8度
3/14:朝平熱に戻る。硬膜下麻酔を辞めた結果、尿意戻る。
3/15:朝、胸腔から配管を抜く。見舞い(尾崎、任田、中村、奥冨)
3/16:昼食後退院

2013年2月26日火曜日

初期

検査結果はベストと言えるほどの結果だった。サイズと転移の具合からマトリックス状に分類された進行度表の左上すなわち最軽度の分類だった。これなら右肺上葉切除のみで済む。説明を聞きに出かける車中に、なかにし礼の闘病記を読んだ。なるほど、陽子線や重粒子線治療なら本当にピンポイントで焼き切りダメージもなしに治すことも出来そうですが、千葉まで通う。これからまた検査などで1カ月以上かかりそう。保険がきかない。300万円程度かかる。選択肢としてはあるが、使えない。と思う。次回は木曜、詳細手術の説明と補助検査。今度は次男が付き添ってくれるという。

2013年2月24日日曜日

頼もしい息子たち

25日の検査結果説明は今後の治療方針を決める重要な説明日です。その日を目前に控えて、息子から電話。長男が同行してくれるという事に。正直嬉しかった。色々説明するにしても医師の話を直接聞いて判断材料にしてくれる方が有難い。そして、24日には次男が家族で墓参り方々、来訪。食事を一緒にしながら時間を共に過ごすという事は心も紛れ、なごむ。一人前の社会人に成長していることを感じさせてもらえて幸せな日々だった。

2013年2月19日火曜日

仕事もストップ

2月18日、74歳の誕生日。これを機に仕事を辞めさせた貰いました。我がままのきく同級生の会社のお仕事でしたし、日々動きのあるホームページでもありませんでしたからいつでも辞められるとは言うものの、日ごろからバックアップを考えて、ウエブ制作会社に仕事をしてもらっていた分、気楽でした。2009年当時、看病で1年半ほど、休んだり我侭な仕事ぶりでした。迷惑を掛けました。最後の3年でNetCommonsを使ってCMS化し、グループウエアをスタートさせたことは足跡を残せたかなと嬉しい気持ちでウエブ制作会社に引き継げました。絶対貢献してきたはずだと自分に言い聞かせて。

2013年2月17日日曜日

連絡

社会とのつながりの中で生きていた証でしょうか?
活動を停止しようと思うと、連絡しなけければならないところが意外に多くあって閉口した。が、今日の午前中に大半を終えた。先ほどはお隣さんにも連絡して、心が落ち着いてきた。いろいろ心に屈託を抱いていると本当に心が落ち着かないことがよく判った。また、素直に本当のことを打ち明けると、ほっとする。意外な人から意外な告白もいただき驚いたりもした。