午後、S夫人が本の返却と手料理のオカズ差し入れに来訪。多岐にわたる話に花が咲いた。
「生きていることと死ぬということの差は一体何なのだろう?」
S夫人は、「美術館に行き、映画館に行き、美しいもの感動したり、泣いたり笑ったりする・・・こういうことが生きているということだなぁ」と最近思うようになった、と話してくれた。亡くなった人とはこの感情を共有することができないのだ。頭の中ではできても・・・・
本棚の中に彼女が読んだであろう岸本英夫の「死を見つめる心」を先日読んだことを思い出した。そこで著者は、生命飢餓状態という定義をして死を目前にした時の生きたいという欲求からくる恐怖について語っている。確かに、「死とは」、という一般論をはるかに超える厳しさで死ということと対峙しなければならない。その時どんな折り合いを心の中でつけるのであろうか?岸本氏は生命という一つの実体、死というもう一つの実体、この2つがあるだけで、人間が生きているということは生命という実体の上でのみあることで、死とは生命に対する「別れの時」。だから立派に最後の別れができるように平生から「一日、一日を良く生きる」よう努めていればよいのだ。それが心の準備につながる。
彼女はそこをどう乗り越えることができたのだろうか?見事に最後まで明るく、朗らかで、見事に毎日を楽しく生き切ったように思う。夜もそれほど悶々として眠れなかったという話は余り出なかった。勿論入院中は眠れない、と睡眠薬を貰ったりしていた。退院してからも睡眠薬は貰ってあったが減り方は少なかった。彼女の心の中の葛藤とそこをどう突き抜けたのか今となっては聞きただしようがない。判らない。だが凄い生き方だったと今更ながら感心してしまう。今の自分にはできそうにない、ことだけは確かだ。
彼女はしかし、この本は合わないと、生前S夫人に言ったとのことだった。昨日初めて聞いた話だ。
2009年8月6日木曜日
2009年8月4日火曜日
今日も
高橋ご夫妻、お線香をあげにきていただいた。私に手土産(福島のお酒)・・・家内に代わって買ってきてくれたと聞いてまた、うるっつときてしまう。朝日生命保険の手続きを完了。無事通れば、これで保険の関係は全て完了だ。あと残るは、銀行口座だ。これも今残りを可能な限り下ろしておくのが良いのかもしれない。
2009年8月3日月曜日
墓地見学
これが3回目。今日はS石材の案内で、3箇所を見た。帯に短し、襷に長し。最も家から近いM霊園が落ち着いていて格調も高かった。値段も手ごろ。一寸駐車場から墓地までの緩やかな坂道が気になる。あと日蓮宗のお寺の境内ということ。宗教を問わないで募集しているので墓前法要が前提となる。それも、厳密に言えば1周忌、と3回忌だけになるけど。多摩メモリアルパークがその点ではこれまでの中でベストかな?傾斜地でスケールが小さいのでせせこましい感じがする。その点、M霊園はコンパクトな割りに開けた感じが好ましかった。どうするか!
2009年8月2日日曜日
陶芸展
田原さんの陶芸展。最終日になってしまったが駆けつけた。茶色の渋い果物皿を買う。セットのコーヒーカップも買いたかったが、棚が一杯でそれが気になって手を出しかねた。帰ってから整理をすれば何とかなりそうなので、メールで予約。案の定、売れ残っているとの返事あり。もう閉会も間近だったのでヨシよし。
帰って、早速お菓子をお供え。
帰って、早速お菓子をお供え。
2009年7月27日月曜日
2009年7月24日金曜日
49日忌
今日は49日忌。仏壇の前に座ってコーヒーを一緒に飲む。あの療養の日々がまざまざと甦る。ヒリヒリとした痛みが胸を走る。まだやってあげれた事が多かったなぁ、と悔しくなる。きりがないだろうけど。昨日も椿山荘であの日何故、1泊しなかったのか、何故記念写真の1枚も残そうとしなかったのか、些細な事に胸が痛む。こういう感覚は最近になって強くなってきた。いろいろ気がかりな決め事が終わりかけてだんだん平常心に戻ってきて、余裕が出てきたということかもしれない。これからつらい日々が始まるのかもしれない。過去を過去として受け止めるようになる必要があるのだろう。今はまだ無理。
2009年7月23日木曜日
しっかりと思い出話
かねて約束していた通りFさん来訪。
あっけなく去っていった彼女への想い断ち難く、お参りに見えた。共通の彼女をネタに5時間近くも四方山の話しが続けられた。4/2の椿山荘で一緒に写真をどうして撮らなかったのか返す返すも残念な事だった。その時がFさんとの最後だったのだ。自分は多分その事を判っていながら、写真を撮ろうと思わなかったのが何故なのか、今となっては思い出せない。多分これで最後だと思いたくなかったのだろうか!
お嬢さんのこと、マラソンのこと、山のこと・・・いろいろ話ができてよかった。何よりも心を許して涙する事ができた事が収穫だったと思う。Fさんも今日を機会に彼女への想い出から吹っ切れる1つの切っ掛けを心の中でしてくれたのではないかと期待したい。他のTさんやSさんにも同じように吹っ切れるところができていてくれればと願う。
あっけなく去っていった彼女への想い断ち難く、お参りに見えた。共通の彼女をネタに5時間近くも四方山の話しが続けられた。4/2の椿山荘で一緒に写真をどうして撮らなかったのか返す返すも残念な事だった。その時がFさんとの最後だったのだ。自分は多分その事を判っていながら、写真を撮ろうと思わなかったのが何故なのか、今となっては思い出せない。多分これで最後だと思いたくなかったのだろうか!
お嬢さんのこと、マラソンのこと、山のこと・・・いろいろ話ができてよかった。何よりも心を許して涙する事ができた事が収穫だったと思う。Fさんも今日を機会に彼女への想い出から吹っ切れる1つの切っ掛けを心の中でしてくれたのではないかと期待したい。他のTさんやSさんにも同じように吹っ切れるところができていてくれればと願う。
登録:
投稿 (Atom)